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人生のケチとは?

 「きれいな海を取り戻したい」との一心で、30年近く海に捨てられたゴミを、毎日拾い続けている男性のお話をします。

 新聞配達員の仕事をしているSさんは、ある日の記事で「ゴミに埋もれた海が、いずれ埋め立て処理で消える」と書かれた新聞の写真記事を見て、なんとなく見覚えのある光景に、懐かしさを感じた。直接その場所に行ってみると、やはりそこは幼少時に遊んでいた干潟だった。 
 当時とは違い、干潟はゴミの海に変わり果て、なんとも言えない悪臭が漂い、悔しさと怒りを感じ、その翌日から独りでゴミ拾いを始めた。自転車・廃タイヤ・冷蔵庫・家具・空き缶・家庭ごみ、死んだ魚、とても独りで片付けるには、気の遠くなるようなゴミの多さに、ただ絶望感に襲われた。
 その度に何度もゴミ拾いを止めようとした。しかし、ゴミの下から出てくる生き物たちを見るたびに、喜びを感じながら、小さな生き物たちに「助けて」と言われている様で止められなかった。時には周辺の人から「汚い人」、親子連れには「あんな人になっちゃだめよ」などと、母親が子供に話しているのを耳にしたり、ゴミ拾いをしている目の前でゴミを捨てたりする人がいたりで、人を恨むこともあった。
 ゴミを拾いを続けて数年の月日が過ぎたある日、彼の前に数名の女性が現れた。彼は「また文句を言いに来たか・・」と思っていると、一人の女性が声をかけてきて、「私たちにも、一緒にゴミ拾いを手伝わせてください」と言ってきた。
 彼は呆然とした。毎日非難をあび、ゴミ人間とまで言われた彼の元へ賛同者が現れ、嬉しさのあまり初めて肩を震わせた。それだけではなく、今まで彼を批判してきた周辺の人たちまでもが手伝うようになり、いつしかそこのゴミ拾いが、地域のイベントごとのようになった。またたく間に海は、元の綺麗な海になっていった。
 その甲斐あってかそこの干潟は、今では国指定の保護区域となった。魚の観察だけでなく、微生物の生態系などの学習の場となり、学校行事などで訪れる子供たちが絶えなくなった。
 彼は言う。「お金のケチはみんなよく知っている。では、人生のケチと聞いたらどう思うか?僕は人生のケチとは、本来、自分の未来に夢を持って、その夢へ可能性がある以上は信じて進む。しかし、それを惜しんでやらなかったら、いつかは必ず後悔をする。つまり、自分の可能性にチャレンジもしないで、それをお墓に持っていってしまう、それが人生のケチだと思う」と言っている。
 生きてきた約半分の時間を、ゴミの海に入り、毎日コツコツと捨てられたゴミを拾い続け、子供の頃の「思い出のある海を綺麗に戻したい。この場所を埋め立てなんかさせない」との熱い思いが、人の心を動かし、行政までも動かした。
 Sさんは、今でも毎日ゴミを拾い続けている。
          「先々のことを考えても仕方ない、いまやれることをすればいい」
 Sさんのこの言葉が印象的だった。