曇り時々晴れ。
先日までの強風と寒さが、今日は嘘のように暖かい陽気だ。
都心部では、18℃前後の暖かさになるらしいが、夕方からは曇りから、雨に変わるとの予報だが・・・。
この暖かい日と、寒い日を繰り返しながら、少しずつ暖かい春になっていく。
人の心も、なんとなくこれに似ていないだろうか。
例えば。嬉しい、楽しい時に出る笑顔。哀しく辛い時の涙顔。これを何度も何度も繰り返し、やがて自然と出てくる、優しい微笑みの顔。
その微笑む顔は、周りを幸せな気分にさせ、太陽のような温かい光を与えてくれる。
人間という動物が、太陽の光のありがたさを感じられるのは、どんな時だろう。
雨や雪や曇り空が長く続き、何日も太陽の光を得られず、やっと雲の間からわずかな光を感じた時、そのわずかな光を大きく温かく感じられないだろうか。
「幸せってなに?」と、思う時は、きっとその人の哀しみや苦しみの心の雲が、心の光を隠しているとき。
辛い出来事を、たくさん経験した人は、たとえどんなに小さな光でも、それを敏感に喜びと感じ、それを幸せに想えると思う。
反対に、幸せや成功がずっと続いていたら、それに満足をしてしまい、次へ学習しなくなる。そして、多少の失敗やミスに嘆き、更には苦しい事、辛い事に耐えられなくなり、「自分はこの世で一番の不幸者」と、強く想うだろう。
失敗は何度でも繰り返せばいいと思う。それが経験となり、やがて訪れる小さな成功が、どんなにありがたく感じられる事か。そして、その経験が人の苦しみや辛さを共鳴でき、自分をも成長させてくれる。
他人の辛い、苦しい、哀しい、その本当の気持ちは分かってあげられない。なぜなら、その人と同じ経験をしていないから。でも、共鳴する事はできる。
物事に対する捉え方、感じ方は、人それぞれ違う。けれど、みんな同じ人間だ。不幸より、幸せが良いに決まっている。
でも、不幸を経験していなかったら、何が幸せなのか、それすらも解らないと思う。
いまある不幸は、幸せを感じるための経験。
先日、茅ヶ崎に住む後輩が、僕のところを突然尋ねてきた。実に、数年ぶりの再会だったが、僕の中の彼とは、明らかに違っていた。
いつも明るく、スポーツマンで、誰からも好かれるタイプの人間だったはずが・・。
そんな彼が、涙を流しながら、「先輩、幸せって何ですか?」と、問いかけてきた。
あえてその問いに応えず、話題を変えた。
それでも彼は、元気に笑顔を取り戻し、夜中に茅ヶ崎へ帰って行った。後日、彼に電話をしたら、とても明るく元気を取り戻していた。
T君、いつも応援しているぞ。またいつでも遊びに来いよ。

