被災地を訪れて。パート2
釜石市を抜けて、しばらく進むと、「ここは建設現場?」と思ってしまうほどあらゆる物が流され、そしてその一帯はヘドロが被っていて・・。大槌町だ。
言葉でどう表現したらいいか分からないが、敢えて言うなら「絶句」という言葉が当て嵌まるのか・・。
車の窓を開けると、外はほぼ無音。生活音も無く、聴こえてくるのは重機の作業音くらい。本当に何もない。倒壊してしまった街には、内陸にもかかわらず大きな船が山の斜面に立ち、学校裏の民家には、学校から流されてきたグランドピアノが流れ入り、別の民家には車が流れ込んでしまっている。
ナビの案内にはあるはずのコンビニ、郵便局、銀行、民家、スーパー、ガソリンスタンド、ファーストフード、学校、交番・・、これら全てが消えてしまっている。
災害本部に着き、ボランティアの手続きをすました。僕らは泥だしのボランティアをさせて頂くことになった。
現場に案内して頂いた方は、名古屋からいらしている行政ボランティアの方で、既に大槌町に来て20日目だと言っていた。
現場に着き、先に作業を行っているボランティア3日目、長野県からいらしている企業団体のリーダーの方にご挨拶をして、作業の指示をいただいた。
泥だしの作業をしながら、目につくのは、いたる所に転がっている子供のおもちゃ、ボール、幼稚園かばん、自転車、えんぴつ、小さな手袋、小さな靴、杖、ズボン、食器類、布団。どこを見ても辛い気持ちになる。先程ここに来る前に、行方不明者の捜索が未だ手をつけられていないという学校のプールで、自衛隊の方々による捜索活動が行われていた。地元の方の話だと、大槌町だけで行方不明者の数が、あと900名おられるということだ。早く見つかって欲しい・・。
無知で大変失礼ながら、今回の震災で初めて知った岩手県大槌町。この町で、一生懸命働き、一生懸命生活して、一生懸命に生きていた、罪もない子供からお年寄りたちが、なぜこのような災害に見舞われなくてはいけなかったのだろうか。
泥だしの作業をしながら、怒りと哀しみが溢れでてきた。この気持は、一体どこにぶつけたら良いのか。どこにもぶつけられないから、余計に悔しく思う・・。.

